新井 光雄 ジャーナリスト
元読売新聞・編集委員。 エネルギー問題を専門的に担当。 現在、地球産業文化研究所・理事 日本エネルギー経済研究所・特別研究員、総合資源エネルギー調査会・臨時委員、原子力委員会・専門委員 大正大学非常勤講師(エネルギー論)。 著書に 「エネルギーが危ない」(中央公論新社)など。 東大文卒。栃木県日光市生まれ。
官僚に望みたい奮起 (2017/06/26)

 熱心に国会審議をテレビにみるというようなことは余りしないのだが、閉幕した今回の国会審議は関心もたざるを得ないような状況、かなり付き合ってしまった。「森友問題」「加計問題」「テロ法制問題」と大げさかもしれないが、関心は国民の義務に思えた。むろん、論点は新聞、テレビ、雑誌、ラジオまでが取り上げ、出尽くしている。屋上屋のつもりはないが感想をひとつ。問題に対する政府側、関係省庁の役人の答弁の不誠実さにはいささか呆れたということだ。実をいうと安倍首相をはじめ、政治家の答弁などには余り驚かなかった。政治家は、曖昧さのうえになりたっている。その不誠実さは当然のことと思っている。むろん、それで良し、ということではない。首相と夫人がふたつの学校建設に関わってしまっている。常識としておかしい。でなければ奇跡だ。偶然か。やはり、おかしい。
 しかし、そのおかしさに加担しているように見える財務省、文部科学省、内閣府などの役人の答弁がいささか絶望的だ。外からみて常識でおかしなことをほとんど手続きの正当性におきかえる。落ち着きを失った、おどおどした眼差しで、そのおかしさを増長する。申し訳ないが、一種の哀れさを感じてしまった。自分が同じ立場でたてば、同じか、という気もするから、強く指弾はできないが、恥ずかしながらその自覚だけはある。
 だからこそ、この点、前文科省事務次官の問題発言は逆に素直に評価したい。現職の時にするべき発言という批判もあるのだが、その点を考慮しても、覚悟の発言であり、どうやら省内にも支持者が多いらしい。おどおどしているばかりの役人をみてきたので、多少すっきりした。誰かがおかしなことはおかしいというべきで、前次官は遅まきかもしれないが、きっちり発言、怪文書問題は多少とも進展した。役人への期待大なのだ。
 日本の中央官庁の役人が優秀であることは、ささやかながらも、職業上、十分承知なのだが、欠点はこうした時には守りだけの姿勢で不信感を高める。第一次石油危機の際、カルテル事件があった。当事者のひとりが「あれは行政指導。役人もそこにいた」と述懐したのを聞いたことがある。真実は分からないが、残念ながらありえそうに思えた。この2つの問題、今後どう展開していくのだろうか。世論調査で安倍政権支持率が大幅ダウン。何かの予兆ということはないのだろか。
記事一覧
2017/06/26
官僚に望みたい奮起
 今国会で審議されたテロ準備罪法案や、テレビなどのメディアで報道された森友・加計問題では、それらに対して発言した政府・関係省庁の役人の答弁で、不誠実さを感じた。外から見て常識的におかしなところを手続きの正当性に置き換えてしまうからだ。その点、前川前事務次官は、覚悟を持って発言しており、評価できる。おかしなことはおかしいと誰かが言わなければならない。
2017/05/29
憲法改正にエネルギー問題も
 ロシア、ドイツ、カナダなどの国には、憲法にエネルギーに関する条項がある。ならば、日本でもエネルギー問題に関わる憲法条項があってもおかしくない。具体的に何をどう入れていくかとなると難しいかもしれない。議論されることが重要だ。例えば、エネルギーの脆弱性という日本の問題を基に、憲法の中で「安全保障」を検討してもよいのではないか。
2017/04/24
「水素社会」は本当にくるか
 政府が水素社会の実現に向けた閣僚会議を発足させた。水素ステーションの拡充(20年までに160カ所)や水素自動車の普及(20年までに4万台)などに本腰をいれて取り組むためだ。確かに水素エネルギーは燃焼時に二酸化炭素を出さないため、地球温暖化対策には役立つ。カギは安い分解手段をいかに開発するかにかかっている。
2017/03/21
民進党の脱原発路線の非現実性
 民進党代表の蓮舫氏が、原発ゼロに前倒しにこだわっているというニュースが流れた。これまでの「30年代に原発ゼロ」を「30年に原発ゼロ」に変えるという。現実的な根拠がないから支持団体の連合から強い反発を受けて頓挫してしまったが、代表は「原発ゼロ基本法案」を総選挙までに国会へ提出する意向だという。ただ、それは、新エネルギー・省エネルギー頼の旧論に等しく、リアリティに欠けるものだ。
2017/02/13
シェールガスは大丈夫か 厄介なトランプ大統領
 米国で生産されたシェールガスが日本へ輸入された。当然ながらシェールガスの輸入は将来に向けた期待の高まりにつながるのだが、トランプ大統領の登場でそう簡単には期待という言葉が使えなくなってきてしまった。もしトランプ氏が「日本へのシェールガス輸出禁止」といえばどうなるか。少なくとも「それはない」と言い切れる人はいないだろう。
2017/01/10
どうなる米国のエネルギー政策
 トランプ氏が米国の大統領に就任することで、エネルギー問題も大きな変化が生まれることが予想されている。化石燃料の復活だ。それは、オバマ政権が環境の視点から規制してきた石炭・シェールオイル・シェルガスといった化石燃料の開発を元の状態に戻すことであり、雇用の創出でもある。パリ協定は、批准してあるので、すぐには離脱できないが、削減目標の軽視はできる。なかなか厄介な大統領の誕生といえる。
2016/12/05
2016年の私的なる回顧
 アメリカ大統領選、都知事選、新潟県知事選、鹿児島県知事選。2016年を振り返ると、選挙の年だったと言えそうだ。都知事選は、タレント知事拒否の姿勢で臨んだが、結果はタレント型の小池知事が誕生した。アメリカ大統領選は、全く想定外の結果だった。新潟県知事選と鹿児島県知事選は、反原発色を全面に打ち出した候補者が当選した。損得はないが、これらの結果にはがっかりした。
2016/10/31
出光・昭和シェルの理と情と
 昭和シェルとの合併問題で揺れる出光は、エネルギー担当記者時代を振り返ると独自の社風があり、印象に残る企業だった。組合、定年なしの大家族主義。臭みのある分底力もあった。外資系と呼ばれた日本石油に対しては、民族系とも呼ばれた。企業経営に情は無用だが、理屈であり、理が理でなくなるためには時間も必要だ。
2016/09/26
どれほどの教訓を残すか「もんじゅ問題」
 「もんじゅ問題」は、予想される事態だった。どこかに強烈な無理があり、誰もが責任を持って対応しなかった。長い年月が経ち、個別の責任探しはできない。ならば、今やるべきことは次に生かす教訓を探すことではないか。核燃料サイクルは変更しないという。新構想は絶対に「もんじゅ」の経験を生かさなければならない。
2016/08/22
女性知事誕生と石油業界の変遷
 出光興産、昭和石油、シェル石油、大協石油、丸善石油、日本石油、三菱石油。共同石油、ゼネラル石油、エッソ石油、モービル石油。3~40年前に主要な地位を占めていた石油元売り会社の名前は、ほとんどが再編され見かけなくなっている。一例をあげれば、かつて大協石油に勤めていた小池百合子東京都知事がいる。唯一名前を残しているのは、民族系石油会社と呼ばれた出光興産だが、その会社は今、お家騒動で揺れている。再編を繰り返しながら石油危機を乗り切った各社の経営陣は、天国で今何を思うのだろうか。
2016/07/11
どうなる出光・昭和シェルの統合
 出光と昭和シェルの統合に創業家が待ったをかけた。理由は経営理念の違いと言われている。親イランの出光と親サウジアラビアの昭和シェルでは、うまくいかないというのが外形的な話なのだが、一種のお家騒動なのかもしれない。この問題は、出光の将来に限らず、日本の石油産業の行方にも影響を与える。注目していきたい。
2016/06/06
サミット宣言文を読みながら
5月に開催された伊勢志摩サミットの宣言文を久しぶりに読んだが、表現の思惑の錯綜する文章で理解は難しい。もともと個別の問題は関係閣僚レベル会合に委ねられており、よほどなことがない限り、具体性に欠けることもある。だからといってサミットはもういらないなどは思わない。毎年開催してきたところに意味がある。
2016/04/25
変わったヨーロッパの実感
 30年ほど前に仕事で滞在していたハンガリーなど中欧4か国を旅してきた。当時と比較すると、共産圏の面影はなく、ユーロがどこでも使えた。移動中には風力発電機が何百基と回っているのが見えた。電力でも欧州は既に一体化している。
2016/03/22
「自由化」の代償を危惧する
 パリ同時テロ事件の実行犯が逮捕されたベルギーに30年ほど前に住んでいたことがある。その時感じたのは、「自由」と「危険」は紙一重だということだ。人の流れが自由な分、爆弾テロや銃撃が当時も多発していた。日本では電力の自由化で消費者が期待を寄せているそうだが、踊らされているようにも思える。「自由」なら電気の質が落ちても当然。停電続発も想定するべきだ。
2016/02/15
「石炭火発」で経産省・環境省和解
 先日、石炭火力を巡り対立していた経済産業省と環境省の間で、石炭火力の新設に関して、条件付き合意が成立した。ただ、今回の場合、石炭から排出される温室効果ガスを巡るもののため、原発と違い庶民は関心が持ちにくだろう。かつて石炭は、「黒いダイヤ」と呼ばれ日本の主力産業であったし、家庭の暖房の主流であった時代もあった。しかし、それも昔の話。石炭への関心はますます薄れている。
2016/01/05
「京都」から「パリ」へ
「京都議定書」のCOP3と「パリ協定」のCOP21、ともに会場にいた。比較して思うのは、この18年で温暖化対策がより長期的視点からの現実的手段になってきたということだ。新聞では「歴史的合意」などの見出しが躍るが、内容は複雑だし、参加国の目標も随意だ。とはいえ、「京都」から「パリ」へ一歩前進したことには間違いない。
2015/11/16
「もんじゅ」問題は本当の正念場だ
「もんじゅ」が、原子力委員会から最後通牒といってもいい形で、運営主体の見直しを迫られている。「もんじゅ問題」は、わかりやすく言えば、「官の無責任」といってもよい。湯水のごとく資金を使っても、税金では何の痛みもないからだ。今後は、新組織探しとなるようだが、「そんな組織はない」というのが、周辺の一致した意見だ。いよいよ正念場といえそうだ。
2015/10/05
「フォルクスワーゲン事件」で想起された車事情
 フォルクスワーゲン社の排気ガス不正問題をみて、これまで乗ってきた3台の自動車のことを思いだした。1台目は「三菱コルト800」。燃料は、軽油とオイルを混ぜた「混合」で、走るともくもく煙が出た。2台目は、ブリュッセル勤務時に使用した「日産ブルーバード」。2000ccのディーゼル車で、アウトバーンでは、フォルクスワーゲンに追い抜かれた。そして3台目は「トヨタヴッツ」。初めてのガソリン車だ。数10年前の排気ガス規制はまたハシリのころで、大きな社会問題という雰囲気がなかった。
2015/08/17
原発再稼働とお能
 8月11日に再稼働となった川内原子力発電所が立地している鹿児島県薩摩川内市を以前に訪れた際、お能「鳥追舟(とりおいぶね)」にまつわる母子像を見た。聞けば、その地が舞台になっているという。これより少し有名なお能「柏崎」もあるが、柏崎市にはそのようなものがなかったので少し驚いた。かつて話を聞いたことのある能楽師は「冷房が整備されたおかげで、夏興業ができるようになった」と話していた。10kg以上ある能装束を着けるので、冷房がないと暑さに耐えられないらしい。今の原発には、情緒的な側面も必要だと常々思っている。
2015/07/06
環境問題は複眼的な視点で
 京都議定書がまとめられた地球温暖化防止京都会議(COP3)の時、経済部の記者として取材をしていた。それから18年、今年末パリで開かれる気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)は、ひとつの節目になりそうだ。かつてもそうだったが、環境政策は、社会部が主体となり報道するため、現実よりも理想が先行する。政府が省庁間で連携して現実路線を提示してもだ。その一例として現在環境省は、石炭悪玉論を展開している。もう少し複眼的な大人の視点も必要ではないのか。
2015/05/25
エネルギーの戦後70年
 1950年代の生活は、「食」が貧しかったが、それ以上に家の中の「熱源」が貧しかった。筆者が育った日光では、冬場がとても厳しく、薪を炊いた風呂釜や、炭を利用した炬燵(こたつ)など、熱を利用するときは、必ず火を使用していた。それに対し今の我が家には「炎」が見当たらない。震災前に、時代の波に乗りオール電化にしたからだ。生活もかなり様変わりしている。
2015/04/06
数字の魔力にご注意を
 政府が審議会などで検討している「電源構成のベストミックス」。その中でも原子力の比率は、フクシマ問題や廃炉への取り組みをどう取り扱うかという観点から注目されている。議論の中では、2030年ベースで20%あたりになり、福島第一原発事故以前と比べて減った分は、再生可能エネルギーに期待をかけるようだ。ただ、このような数字には魔力がある。数字を示さずとも正しいことがあるのだが、なかなかそうはいかないからだ。政策の数字は柔軟に受け止めなければならない。
2015/02/23
石油業界再編問題への感傷
 石油業界の再編が注目されているが、それは今に始まったことではない。ただ、当時の再編の目的は今と大きく異なり、国際石油資本(メジャー)の影響抑制など構造的問題を解決する安定供給の立場からの前向きな再編だった。今取りざたされている再編は、過剰設備の縮小など防御的な内容だ。石油は品種に大差が出にくいため、「価格」が勝負になり過当競争が避けられない。落ち着くのは難しい業界なのかもしれない。
2015/01/19
微力ながらも原子力再稼働に
 趣味の会でエネルギー問題について話す機会があった。その時、参加者に原子力の仕組みについて質問してみたら、原子力発電が蒸気タービンを使用して発電していることを知っている人が少ないのに驚いた。「核爆発が起こり電気が発生する」と捉えていた人がほとんどだったからだ。仕組みを知らずとも「怖いのだから仕方がない」というのが大多数。これが原子力の宿命なのだろう。
2014/12/08
総選挙とエネルギー問題
 衆議院解散に伴う総選挙の争点で原子力問題について言えば、各党の原子力の再稼働に対する立場をみても、自民党の「新基準適合再稼働」、民主の「責任ある避難計画前提」、維新の「新法策定」、社民の「絶対阻止」など公約に幅がある。単純な賛成・反対に納まっておらず、一般の投票者にとってはわかりにくいに違いない。さらに、立候補者のほぼ全員が反原発・新エネ派となり政権政党でさえ一枚板ではない。今の原子力は四面楚歌に近い厳しい状況にあるといえそうだ。
2014/11/04
経済産業大臣交代への不安と期待
 宮沢洋一経済産業相が会見で、「原子力発電の比率が3割を超すことはない」と発言した。原発の依存度を限りなく減らすとしている政府の方針に従っているのだろうが、数値が入ると意味が違ってくる。場合によっては「約束値」となって動き出すからだ。数値目標なり問題化す るかもしれない。就任後の発言だけにある種、危うさが残る。
2014/09/29
朝日新聞、吉田調書「誤報」問題の酷さ
 朝日新聞が謝罪した吉田調書問題は、同紙の報道方向が反原発に沿う内容に仕立てようとしたことが原因にあるのではないか。調書は本来公開されないはずだった。もし非公開が堅持されれば、朝日新聞の報道が事実となっていた。だから、どうしても意図的に読み間違える必要があったのだろうと推測せざるを得ない。
2014/08/25
アラビア石油の思い出
 『アラビアに生きる アラビア石油15年の砂漠体験』というタイトルの書籍には、アラビア石油がたどった苦難の功績が、社内エピソードを交えながらひとつの読み物としてまとめられている。その中に、アラビアの生活について、生理的には極めて過酷だが、精神的な刺激は皆無という描写した項目があった。端的だが、アラビアの生活をよく描写しているように思う。
2014/07/14
若者の原子力への関心が高まった
 大学・大学院の原子力専攻受験者が増加していることが、文部科学省の調査でわかった。原子力といえば、反原発が常識になっている中、こうした学生の動きを見ると、冷静な理性のようなものが感じられる。原子力に未来はないというような風潮のなかで貴重な決断があったことをぜひ、知っておきたい。
2014/06/09
成長していって欲しい基本計画
「第四次エネルギー基本計画」が動き出した。振り返れば、計画が最初に策定された2003年は、その基盤となるエネルギー政策基本法と合わせても、ほとんど話題にのぼらなかった。その結果、二次策定までは、無風のまま受け入れられた。風向きが変わったのは、10年の3次策定からだ。民主党が基本計画をゼロベースで打ち出し、11年には東日本大震災が発生。その後は、原子力や再生可能エネルギーの位置づけが議論されるも、迷走した状態が続いている。個人的な願望ではあるが、そろそろ、原子力再稼働問題に具体的な方向性を見出してもよいのではないか。
2014/05/07
法律的には正しくとも
 函館市は4月、国とJパワーを相手取り、「大間原子力発電所差し止め」の訴訟を起こした。自治体では初めてだ。訴えの趣旨は、大間原発に適用された安全基準に福島原発事故を防げなかった不備があり、重大な欠陥があるというもの。訴えが通ると、4割弱まで建設が進んでいる大間原発の設置許可が無効になる。実際、工藤寿樹・函館市長は、反原発地域に住んでいるという。自治体は中立であるべきではないか。
2014/03/31
クリミア問題と原子力再稼働
 ロシアのクリミア問題には、エネルギー問題も底流に流れている。ロシアは、天然ガスでウクライナ、さらにここを通したドイツを中心としたEU諸国に大きな影響力を持つからだ。一方日本では、エネルギーの安全保障のひとつに、石油依存からの脱却があった。そして、原子力、LNG(液化天然ガス)、海外炭と変化してきた。しかし、今、この一本の柱である原子力が全面ストップしたままだ。二本柱では心もとないし、新エネルギーは基幹エネルギーになりえない。まずは原子力再稼働の早期実現が欠かせないのではなかろうか。
2014/02/24
元首相二人が都知事選で残したものは?
 ひょっとしたら二人の元首相にしてやられるかと思った都知事選が終わった。振り返れば、細川元首相時代のエネルギー政策がどうであったかという記憶がない。小泉首相時代は、電力自由化の問題があったものの、小泉元首相はエネルギー問題に関心がなかったらしい。今回の選挙で細川氏は「内閣総理大臣として原発を認めてきたことを深く反省する」と述べた。反省すればそれでいいのだから簡単だ。状況が変われば、やはり原発は必要だったとなるのだろう。
2014/01/20
「脱原発」は国を滅ぼす
 猪瀬直樹前東京都知事の5000万円問題は、問題があるとはいえ、国を滅ぼすほどではないだろう。だが「脱原発」はどうか。国を滅ぼさないまでも、衰退させてしまうかもしれない。前回の衆院選をみても、原子力は論点とはなったものの、選挙行動に影響を与えた面は少なかった。しかし、今回の都知事選は表面に「脱原発」が出てきそうだ。それも出方次第では「論点」から「争点」になる可能性がある。有権者はこれにどう反応するのだろうか。
2013/12/09
外交問題に国民的な関心を
 ワルシャワで11月に開かれたCOP19の現場で外交問題を考えさせられた。日本では、日本政府が示した目標「2020年までに温室効果ガスを05年比で3.8%削減」が厳しく批判されたと報道されたが、実際にその場に立ってみればわかる。世界一の温室効果ガス排出国である中国やCOPを離脱したアメリカは、多大な温室効果ガスを排出しながらも、軍事力が背景にあるためか、それを良しとされている。今後日本の外交問題を議論する時は、これまでの「水戸黄門の平和主義」をやめ、真っ当な議論をするべきだ。
2013/11/05
興味深かった泉田知事論
 月刊エネルギーフォーラム10月号のレポート記事『東電の死命を制す「泉田裕彦」というカオス』は踏み込んだ内容で面白く読めた。泉田新潟県知事が東京電力に対し「安全と金。どちらが大事か」と迫り断罪したことについて、知事という権限を使い反論できない独特の立場を分からしめてくれたからだ。公式でない泉田氏の一面を書き上げており、新潟県民も知ること多かったに違いない。
2013/09/30
数値目標の難しさ
 鳩山政権時代に政府が打ち出し、その後の安倍政権で見直しを始めた温室効果ガスの削減目標「1990年比2020年マイナス25%」で、環境省と経産省が対立している。環境省は、「見直しは新しい目標の設定」という立場を取り、経済産業省は、「見直しは単なる25%の撤回でよく、新数値は必要ない」という立場を取っているからだ。設定するなら諸外国と同様に参考値といったソフトな形にすべきだし、国民もそう理解するような形にしてほしい。そうしないと数字が自らの首を絞めることになりかねない。
2013/08/26
解決策はなけれども
 中国が、尖閣問題にも絡む東シナ海において、ガス田開発のための採掘施設の建設に乗り出した。日本政府は、2008年の日中合意に反すると批判するも、施設を撤去する気配はない。尖閣周辺への巡視船による日本領海への侵入もあり、中国は、暴力的な形で資源や領土の確保を目指しているように思える。既成事実として積みあがっていくと、阻止できなくなる。
2013/07/16
選挙と原子力     
 3・11以前であれば選挙ではその大小を問わず、原子力とはほぼ無縁だったように思う。賛成にしろ、反対にしろ、原子力が選挙の争点になることは極めて少なかったのは事実である。原子力はある意味で暗黙の了解事項のようなところがあってか、政治家は、それを地方選でも国政レベルでも余り争点とせず、結果してその賛否と選挙結果に余り関係がなかったように思う。あえて選挙では触れない、つまり票にならないという表現がいいのかもしれない。
2013/06/10
大事なエネルギー安全保障の視点
 アメリカからのシェールガス輸入や、ロシアオホーツク海における共同石油開発と石油輸入が大きく実現に向けて動き出し、「エネルギー安全保障」が変わりつつある。日本政府内では、この議論を巡り、親米派がロシア依存を警戒。親露派はロシアの西欧化を主張するため、微妙な対立が生まれているそうだ。
2013/05/06
対トルコ原発輸出の前進を歓迎するが
日本の対トルコ原子力輸出が、GWの安倍首相訪問の際に大きく前進する公算が高くなってきた。しかし、原子力は長丁場。安全問題に加え、核不拡散など国際的にナイーブな課題もある。成功のためには、国内原子力事情の正常化が不可欠だ。そのためには、国内の原子力環境を整備し、再稼働問題にできるだけ早く道筋をつけなければならない。
2013/02/25
電力自由化で笑う者、泣く者
電力の小売り自由化が始まれば、安くて環境にやさしい電気が確保できるというのは幻想だ。電力の供給体制などに消費者は関心がない。発送電分離なども誰にもわかるテーマではなく、新規参入で漁夫の利を狙う企業だけの関心ごとにすぎない。
2013/01/21
政治化した原子力問題への不安
福島第一原発事故の発生以降、表舞台に立つはずのない原子力が政治化してきた。自民党は、原子力発電の再稼働に3年、最終的位置づけ10年を見込む姿勢だが、参院選が残っている。まだ事態が大きく変わったわけではない。そもそも原子力を政治的な道具にしてしまった民主党の責任が重すぎるのではないか。原子力政策のように長期的視点が欠かせないような政策は、選挙になじまない。
2012/12/10
言葉に弄ばれる原子力
あるテレビ番組で、「脱原発度」という新語をつくり、各政党の「反原発度」の強弱をグラフ化していた。確かにわかりやすいが、「反」の度合いを「度数」で表示するなどふざけていないか。しかし、これが「今」というものなのかもしれない。
2012/11/05
巷では原子力総選挙運動が始まっている
巷では総選挙を見越したポスターが増えてきたが、その相当部分に「反・脱原子力」という共通項がある。これまで原子力問題は選挙に馴染まないとされてきたが、3.11で一変した。食の安全といった生活者意識に目を付けたのかもしれない。しかし特色がない。多分票にはつながらないだろう。
2012/10/01
原子力抜きでLNG価格抑制は無理
液化天然ガス(LNG)の生産国と消費国が協議する「LNG産消国会議」が19日、東京で開かれた。その中で日本や韓国などの消費国は、原油価格に連動して決まるLNG価格の見直しを迫ったが、生産国にいなされてしまった。原子力退潮の兆しが著しい中、生産国が弱気になる必要がないからだ。もし価格低下を望むのなら、原子力を再評価するしかない。
2012/08/24
政治・選挙。エネルギー
次回の総選挙では「原子力」を軸にしたエネルギー政策が目玉のひとつとなるだろう。エネルギー問題が国民的課題になっているからだ。しかし、批判的な見方をすれば、「原子力を批判し再生可能エネルギーを礼賛するポピュリズム」ともとることができる。感情的な決着をつけることのないようにしてほしい。
2012/07/17
行方が心配な原子力規制委員会の人事
政府が決めた原子力規制委員会の人事条件(ガイドライン)は、「過去3年間原子力事業者や関連団体の役員、事業者、従業員だったものを除く」など超現実的だ。しかし、それは見方を変えれば非現実的ではないか。現場に距離がある人は、純正度は高いが、事故対応を任せられない。ならば、現場で命を張れるような気概のある人物に期待したいが、そうもいかない。実際は原子力にしっかりとした知見を持った人になるだろう。
2012/06/11
「電力規制」「原子力」は消費者の敵か
経済産業省の「電力システム改革専門委員会」で、電力自由化論が議論されているが、その中で、消費者の立場が明確になっていないようだ。消費者代表は、自由化が進めば、使用する電気の選択肢が増え、その結果、電気料金は「今よりも安く」なり、「原子力を使用しない電気の選択」も可能になるという。しかし、本当にそうだろうか。アメリカでは、自由化に伴い、電気は安くなったが、カリフォルニア電力危機では高騰した。変動が前提になるからだ。電気の選択で原子力を排除することも難しいだろう。
2012/05/07
東電会長人事を考える
かつて東京電力会長の席は、次官クラスの大物が席を狙うなど電力と政治という側面があった。しかし、今回の人事は、民間からと考えられていたが法曹界からとなった。法曹界出身者は、経営的な観点はなくていい。また一義的には懲罰的な方向性があり、世間的納得が得やすい。しかしそれでいいのか。「現状を前に進ませるというより懲罰的でありたい」という世間の雰囲気に全体が飲み込まれてしまってはいないか。
2012/04/02
評価したいイラン関連制裁回避
 日本の外交下手はよく指摘されるところだ。外交問題はことあるごとに批判され続けてきたが、多少事情を知ると批判は簡単だが、評価の難しい分野と分かる。言ってみれば人間関係を巨大化したようなものが外交であるから、単純ではない。で、イラン原油問題における日本外交を評価しておきたい。アメリカは3月20日、イラン制裁法から我が国への適用を正式に除外した。日本は今、原子力問題でかつてない深刻なエネルギー問題に直面している。
2012/02/27
地熱開発の規制緩和への疑問
 良いことを単純に良しとするのは大事かつ当然なのだが、時に困ることがある。かねて新エネルギー問題にその「困る」の面が強く、そうと書きもし、話しもしてきた。特に大学では若者が単純な誤解の波に飲み込まれないように多様な新エネルギーをその現実的な課題とともに教えてきた。理由は言うまでもなく、新エネ促進が即反原発という現状に小さくとも楔を打っておきたかったからである。
2012/01/23
混沌深めるエネルギー問題の行方
 エネルギー問題の「混沌」は3・11以来のこと。ここで強調しても安易とされそうだが、新聞の経済面記事をじっくりとみる時、それがじわり実感となって迫ってくる。テレビはこの点では1ニュース1画面。新聞はこの点、一覧性が高い。開いて首をちょっと動かすとかなりもことが大づかみで理解できる。テレビは衝撃性の強い一過性、新聞はやわらかい総合性、雑誌などはじっくりとした浸透性とも言えようか。
2011/12/12
エネルギー問題への国民意識
 年金問題とエネルギー問題を並べ、国民意識の濃度を調べたらどうなるか。具体的な数値化はできないが、間違いなく十倍ほど、いや、それ以上に年金の圧勝ということになるのだろう。年金問題は生活そのもの問題である。当然だ。しかし、そのエネルギー問題も原子力問題となるとどうか。今、年金と原子力で感心度を比較すると年齢層によって原子力が善戦するような気もする。
2011/11/07
石油危機を風化させるな
 若いころ戦争の話しが大嫌いだった。年寄りが体験を背景に戦争論を展開する。当方は昭和18年生まれ、戦時中の生まれだが、戦争は知らない。だから体験を全面に出してくる戦争論は苦手、是非両論とも、議論に参加できないと思った。で、最近、その体験を逆の立場から考えることがある。石油危機に関連してのことだ。1973年の10月だった。あと2年ほどで40年。多くのことがエネルギー問題でもあった。目下は福島問題から原子力問題が最大課題となっている。
2011/10/03
見守りたい野田政権の原子力政策
今、政権と原子力を考えさせられている。鳩山政権の時は、原子力前提のマイナス25%だったが、菅政権は当初その流れを踏襲していたものの、福島原発事故以降原子力の否定に向かった。野田政権は、原子力依存体質の改善は言っているが、全否定的な発言はしていない。
2011/08/29
原子力の言葉にまつわる怪しさ
原子力に対する否定的な言葉は一般的には「反原発」だが、最近では「減原発」、「縮原発」、「削原発」が登場した。要は言葉が多彩になった分、問題の本質がボケてきては、いないかということである。どの言葉にしたところで、核になっているのは「反」である。そう解釈しておかないと事態を見誤ることになるだろう。
2011/07/25
何か根本的におかしい菅首相の「脱原発」
怒った。怒りは当然始終あることだが、人前で表現することはない方だと思っている。十年に一度程度か、という感じなのだが、今回は心底、怒った。菅首相の「脱原発宣言」に対してである。一連の言動から全くの想像ができなかったわけではないが、宣言されて、こんな馬鹿な、こんな大事なことが、こんなに簡単に、口にされていいものか、絶対いいはずがない。怒りがこみ上げた。
2011/06/20
新エネあるから原子力不要の不毛
 菅首相はフランスでのサミットに向けて、日本のエネルギー政策を「原子力の維持」と「新エネルギーの増強」という方向で明確にした。時代に則した説得力のある方針ということもできようが、そう簡単な話しではない側面がある。「敢てやや厳しく言えば日本のエネルギー問題の命取りになりかねない」とする向きもある。原子力は国際向け、新エネは国内向け、そして当然、菅首相の心は後者にあるというわけだ。確かに見た目はバランスがいい。原子力という福島問題を抱えながらの現実と新エネという頼りにはすぐはならないが理想。
2011/05/16
亡霊のごとき言葉「行政指導」
生きている言葉らしいが、消えたかのように見えた「行政指導」なる言葉に最近、ぶつかり少しばかり驚いてしまった。菅首相の緊急会見による中部電力・浜岡原子力発電所停止要請問題に関連してのことだ。首相の緊急会見がそもそも驚きだったから、行政指導など付けたしということかもしれないが、案外底深い日本的問題を抱えているのではないか。そんな気がする。思わず石油危機当時を思い出した。行政指導が官僚の独壇場だった。
2011/04/04
エネルギー政策論議はしばし凍結を
 津波の影響に喘ぐ福島第一原子力発電所。一日も早い沈静化、また、できるだけ早期の市民生活の復活を願うが、付随して原子力を中心にしたエネルギー政策の見直し論が高まってきている。当然ともいえるが、そうだろうか。目下の状態では原子力政策大綱論議の凍結などはやむなし。エネルギー白書の発表延期も、と思うが、一部、脱原発にもっていこうという気配があり、危惧する。むろん、この状況では原発への疑問が高まって不思議はない。鳴りを静めていた反原発論者がこの機会逃がさずと動くのも当然だろう。
2011/02/28
「石油はやはり政治的な商品だ」
 中東が荒れだした。動乱という言葉をつかってみたくなる様相だが、これに刺激されて改めて日本のエネルギー政策の基本は、という問題を少し考えさせられた。もちろん、この状況に合わせての石油価格の高騰、その先にあるかもしれない供給不安ということがあるからである。かつて石油は「政治商品」といわれた。一次危機が示した価格の政治的な決定からくることであり、コモディティ、国際市況商品とは違うという位置づけだった。
2011/01/24
視野が狭いエネルギー業界
 元読売新聞・編集委員。エネルギー問題を十大ニュース、あるいは五大ニュースなどといった企画が年末にある。年末の一年の回顧で小さな歴史の確認作業といったことになり、個人的に楽しみにしている。読売新聞の読者の選んだ世界の十大ニュースのトップはチリの救出劇で、納得した。世界の関心がメディアの即時的な大報道もあり、一点に集中したことが分る。
2010/12/13
今年を振り返って
 今年も残すところ一ヶ月を割った。陳腐だが改めて時間の流れの速さを実感する。いろいろあった。エネルギー問題の分野に限ってもあれこれと簡単に挙げることができる。中味は明暗こもごもだが、原子力分野だけでも簡単に振り返っておくことも無駄ではないだろう。
2010/11/01
追い詰められた日本の石油産業
 日本の石油産業はエネルギー構造の大きな変化から自らの大改革を迫られる状況にある。最近のニュースから拾えば、メジャー(国際石油資本)の日本市場からの撤退の動き。日本の石油会社の精製設備削減やらそれに伴うリストラ。さらに石油開発ではイランからの撤退など。後ろ向きとは言わないまでの前向きではないことは確かだ。ある程度予想はされていた事態なのかもしれない。低炭素化の強烈な時代を背に負っては、従来型のエネルギーである石油が打って出る場は狭くならざるを得ないのだろう。
2010/10/04
スムースに進むプルサーマル実施
原子力政策のひとつであるプルサーマルが順調に展開されている。しかし、最近はプルサーマルといってもニュースにならないに近い。多少のことでは大きく揺らぐことはないだろうが、関西電力のデータ改ざん事件以来の紆余曲折を経て今後にどう生かすかの整理はまだできていない。結局、地元理解への努力にならざるを得ないのかもしれない。
2010/08/30
エネルギー問題は蛸壷の中
 もう残暑なのだろうが、それにしても暑い。学生たちは夏休み、青春を謳歌しているのだろうか。春学期の試験の結果を多少は心配しているのだろうか。でその試験だが、関わる大学で今年は60問出した。言うまでもなく、エネルギー問題である。問題のレベルは新聞、雑誌などで触れるであろうエネルギー関連ニュースに戸惑わないようにしておこうと程度。いやそれを授業の目的としている。結果はどうか。約40人の受講生で3人程度が優秀という感じ。逆に4人ほどが酷い状態。100点満点で優秀が80点以上、酷いは10点以下。平均はざっと40点ほどになりそうだ。50点に達しない。
2010/07/26
どうなる温対法の行方
 参院選で民主敗退、国会はネジレ状況に陥ってしまった。衆院も与党三分の二割れとなっているため、本ネジレという言葉もあるそうだ。これまでのネジレと一味違うということだろう。当然ながらひとつひとつの法案がこれからぎくしゃくしていくことになる。エネルギー問題に関連してみれば、最も注目されるのは地球温暖化対策基本法の行方。この温対法は前の通常国会で廃案となっている。政府は早ければ臨時国会での成立を目指す方向にあったようだが、参院選敗退で暗雲が漂い始めてきてしまっている。
2010/06/21
誰も知らないエネルギー基本計画
 世の中には極め重要な存在なのだが、人の良く知るところとならいということがある。「エネルギー基本計画」なるものが、その一つではないかとかねて思っている。大胆な全くの個人的な推測だが、一万人に聞いて一人知っているかどうか、怪しい存在ではないのだろうか。むろん、専門的なエネルギー分野では多少別だ。それでも意識しているという尺度からは百人に一人程度ではないか。これも個人的な体験ということだが、エネルギー問題を検討するような場でも、この「エネルギー基本計画」なるものが話題になったことは皆無と言ってもいい。重視すべきでは、と言ってみるが、関心を持つ人はまずいない。
2010/05/17
原子力輸出新会社への期待と不安
原子力輸出新会社への期待と不安原子力の海外進出に向け、国内で新会社が発足する。新会社は、電力三社と重電三社で構成。政府も間接出資する「混成」だ。しかし、「混成」では、何が何でも目的達成という意志の醸成は困難だ。その意味では、原子力で人材を担う東電には期待したい。
2010/04/05
社会民主党の人事異議の意味するもの
 原子力の位置づけが温暖化防止対策基本法などで明確になった。原子力が温暖化防止に役立つということが法律的に認められたということで、マイナス25%の根拠に大きな不安を抱きつつも、この面は評価しておく必要があると思う。しかし、磐石ということでは全くない。場当たり的という印象が残るからで、目下の政府の原子力政策にはこの評価とは別に見通しの難しい不安定なものがあるように思える。
2010/03/01
ようやく始まったマイナス25議論
 COP15は失敗だった。合意留意で破綻は免れたが、目的だった温暖化ガス削減の数値目標は全く議論の外だったからだ。次回の年末にメキシコで開催されるCOP16も予断を許さない。そんななかいよいよ日本の数値目標の達成手法が本格的な議論にようやく入った。どうまとまるのか関心を持つが、考えてみるとおかしな話しだ。分りやすく言えば、目標数値だけが先行して、その手段が全くといっていいほど議論されてこなかったのだから、政府の無責任という批判があって当然だろう。
2010/01/25
静かに動き出したエネルギー
 年末年始、ひょっとあることに気がついた。鈍いといわれそうだが、意識して初めて知るということもある。エネルギー周辺に、特に原子力を中心にして「前進」といっていい事象が結構あったことだ。
2009/12/14
エネルギー政策の一年を回顧する
 年末はどうしたことか落ち着かない。だからこそこの一年をゆったりと回顧するべきなのだろう。エネルギー問題も例外ではない。でそれを一言で象徴させるとすれば「政権交代」となる。流行語大賞に選ばれた言葉でもあり、異存は少ないように思う。これをエネルギー政策に敷衍すると何が出てくるのか。まずはマニフェストがある。この中に様々な問題が盛り込まれた。あれこれと問題がある原子力は基本的には安全を前提に容認されていたので、政策的視点からの問題はなかったが、政権が連立となったことで、原子力反対を標榜する社民党の存在がどうなっていくのか。気がかりは残る。これで目下のところ閣内不一致といったことが表面化する事態ではないものの不安がなくなったわけではない。課題ありだ。
2009/11/09
所信表明にエネルギー問題を探す
 鳩山首相の所信表明を読んだ。二度も読んでしまった。テレビなどの解説を聞くと一般的に好評である。異存ない。分りやすい、訴えるという「点」を最大限意識してのうえということが伝わってくる。確かにその通りなのだが、問題とその解答という視点から読むと不満も少なくない。簡単にいえば、いいことずくめであり、問題提起、さらにそれについての政策ということでは、特にエネルギー問題に関わる者として軽い苛立ちに近い感情を持ってしまった。もちろん、これには個人的なものである面もあるのだろうが、大きく構えれば生活の基本となる食、エネルギーといった資源の確保に関わっての話しが皆無というのはどうしたことか。
2009/10/05
民主党よ 現実を直視せよ
 民主党政権が動き出した。目下、エネルギー問題に関しては環境問題が最大の課題となってきている。マイナス25%問題だ。マニフェストに盛り込まれ、「公約」となり、鳩山首相はまず選挙後の講演で実行を鮮明にしたうえで、国連の場で世界に宣言してしまった。もう後退は難しい。確かに主要先進国の合意が条件になっている。だが、この条件は多分、無視される。日本はマイナス25を国際的に宣言したとされてしまう。国民もそうだ。
2009/08/31
マニフェスト選挙への危惧と期待
 総選挙の投票日を間もなく迎える。歴史的な意味を持つものとなりそうだが、今回の選挙はマニフェスト選挙の本格化を意味する。本来は公約。これまでもあったのだが、マニフェストとなって「約束」の意味が深まったようだ。政策・公約が個人的な約束ごととなったような感じを持つ。それだけ政治が身近なものになったのだが、不安も付きまとう。
2009/07/27
欲しい「エネルギー基本計画」の存在感
 「エネルギー基本計画」の改訂作業が始まった。この基本計画はエネルギー政策基本法に基づくもので、俗っぽく言えば「日本エネルギー憲法」ともいうべきもの。極めてその存在意義は高い。しかし、実際にこれを知っている国民がどれだけいるかとなるとこれは全くいないに等しい。エネルギー関係者であっても、案外に知らない人が多いのが実情だろう。あって、なきが如き存在になってしまっている。