福島 伸享
前衆議院議員 1970年生まれ。東京大学農学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。資源エネルギー庁において、電力・ガスの自由化や原子力立地、科学技術庁に出向して原子力災害対策特別措置法の立案などに従事。東京財団研究員、学習院女子大学大学院非常勤講師、筑波大学客員教授などを歴任。
原子力規制委員会のテロ対策に意味はあるのか? (2019/05/20)

 原子力規制委員会規則で「特定重大事故等対処施設」と定義されているテロ対策施設は、原子炉等規制法(以下「炉規法」)第43の3の6第1項第4号の原子炉設置の許可基準に位置付けられる重要な施設であるから、その設置がなされなければ同法第43条の3の23第1項に基づいて停止命令が出されるのは当然のことである。仮に原子力規制委員会がこれを放置していた場合に行政訴訟が起こされれば、同委員会の責任が厳しく問われる可能性もある。事業者側が、「国策に基づいて再稼働させているのだから、多少はお目こぼしをしてくれるだろう」と考えていたとするなら、まったく甘い筋違いの事業者と規制側が蜜月だった時代錯誤の認識だと批判せざるを得ない。
 しかし、問題はそこにあるのではない。原子力規制委員会は炉規法及びそれに基づく委員会規則を盾に法律論を振りかざすだろうが、果たしてこの法令を守っていればテロ対策は万全なものなのか。私が1999年のJCO事故後に科学技術庁に出向して原子力災害対策特別措置法(以下「原災法」)を策定した時も、このことが大きな問題となった。原子力災害対策に関する法律には、事業者を規制する炉規法と災害時の行政や事業者等の対応を規定した原災法の二つの系列があるが、原災法の中にもたとえば第11条の災害対応のために必要な資機材の整備や第33条の報告徴収、第34条の立入検査など事業者を規制する規定が設けられている。当時、炉規法の中の第43条の3の24の保安規定のような防災対策に関わる規制は、原子炉等の構造や機器に関する規制から切り分けて原災法の中に溶け込ませていくという議論もなされたが、JCO事故後の短期間で原災法を成立させるという政治上の要請から時間がなく、将来的な課題とされた。
 そもそも、日本の原子力規制はモノの安全性に対する審査が中心で、安全を確保するためのソフトに対する審査は極めて薄い。その当時の米国NRCの規制では、たとえば原子力事業者はテロの侵入があった場合に事業者だけで一定時間持ちこたえられなければ原子炉設置を認めないというような規制があり、そのために警備員が一定の距離で銃を撃って何発当たるかを審査するというような項目まであった。さらに軍隊と一体となったテロ対策計画の策定も義務付けられていた。当然、日本と米国では、警備業に与えられる権限や能力は違うが、かなり実戦的で具体的な審査をやっていた。
 翻って日本の法体系では、危険時の措置として炉規法第64条第2項で「(テロなどによる災害)を発見した者は、直ちに、その旨を警察官又は海上保安官に通報しなければならない」と規定しているだけである。原子力発電所の破壊を目論むテロリストに対して小火器しか持っていない警察組織に通報されたとしても、対応のしようもないであろう。
 すなわち、我が国には原子力施設に対するテロや軍事的攻撃があった場合に対応するためのしっかりとした法体系は存在しない。あるのは、今問題になっている「特定重大事故等対処施設」の設置義務だけである。この規定を金科玉条にして原子力規制委員会がいくら規制したとしても、一つの箱モノができるだけで何ら本質的なテロ対策にはならない。そもそも原子力規制委員会にテロ対策の専門家がいて、その観点から審査がなされているわけでもない。
 私が関わったJCO事故も、東日本大震災における福島第一原発の事故も、いずれも私の地元やその近辺で起きた事故であるが、従来の法令による規制では対応できない「想定外」であるとされた。次に、絶対にあってはならないが、万一テロや軍事的攻撃がなされたときに「想定外」として行政機関や事業者等が機能不全となることは許されない。そのような対策ができないのであれば我が国は原子力を推進する資格はない。このくらいの覚悟をもって国も事業者も実効性のあるテロ等の対策を講じなければならない。今回の騒ぎは、そうした観点からは、物事の本質を見つめる良い機会なのである。
記事一覧
2019/05/20
原子力規制委員会のテロ対策に意味はあるのか?
 先月、原子力規制委員会は原子力発電所に設置を義務付けているテロ対策施設について、期限内に完成できない原発については運転停止を命ずる方針を決定した。この方針どおりに行政措置が講じられることになれば、現在稼働している九州電力の川内原発など関西・四国・九州の10基程度の原発が運転停止となる可能性がある深刻な問題である。
2019/04/08
新元号の発表に寄せて
 4月1日に新しい元号「令和」が発表された。これについて、本来私たちが特段の講評をすべきものではないと考えるが、響きもいいし、万葉集の題詞中の「初春令月、気淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香」から引用しているのもいい。これまでの元号とは異なり特段の哲学や思想性を感じないのが現代らしいが、漢文の初歩的な素養があれば、「梅」や「蘭」という字を見ればこの万葉の詞は支那の影響を大きく受けていることもわかる(現に漢書の『文選』にある帰田賦を踏まえている)。
2019/03/04
東海第二原発住民説明会に参加して
 日本原電は、2月22日に茨城県に対して東海第二発電所を再稼働させる方針を表明したが、それに先立つ1月17日に水戸市内で茨城県が主催する「東海第二発電所の新規制基準適合性審査等の結果に係る住民説明会」が開催され、私もこれに参加してきた。
2019/01/28
経団連・日立製作所の中西会長が問いかけるもの
 年末年始にかけて、経団連の会長であり、原発メーカーの日立製作所の会長でもある中西宏明氏による一連の発言が、さまざまな波紋を呼んだ。12月17日の記者会見では、日立製作所が英国で進める原発の新設計画について、「民間の投資対象とするのは難しくなった」として「もう限界だと英政府に伝えた」と述べた。
2018/12/17
実は「脱原発」の安倍政権?
 前回の拙稿で私は、東海第二原発の再稼働をめぐって国の原子力政策の不在について論じた。そして、この臨時国会で外国人労働者導入が大きな争点となった陰で、原子力損害賠償法改正法案がひっそりと成立した。
2018/11/12
東海第2原発の運転延長認可の先にあるもの
 11月7日に、日本原電の東海第2原発の運転延長の認可が原子力規制委員会から下りた。福島第1原発と同じBWRでの延長認可は、初めてのことである。これによって、法律に基づく安全性審査をすべてクリアし、あとのハードルは東海村と隣接する6市村の安全協定に基づく同意となったと報道されている。
2018/10/09
沖縄県知事選挙とは何だったのか?
 9月に行われた沖縄県知事選では、野党系の玉木デニー氏が与党系の佐喜真淳氏を大差で破り当選した。世論調査では、基地問題が一番の有権者の関心ごとだったと言われている。しかし、実際のところは、与党が組織戦に力を入れれば入れるほど、本土対沖縄の構図が出来上がり、ウチナーンチュの本土の人には見せない本土への対抗意識が表面化したのではないか。選挙戦の真っ最中、相手地盤の建設会社を回ったときそう感じた。
2018/09/03
小泉元総理の脱原発論の単純さ
 世論調査を行うと、脱原発を支持する国民は多い。しかし、脱原発を争点とした選挙で脱原発派が当選することは少ない。有権者は、観念的なエネルギー政策よりも、現実に即した具体的な政策を求めているのである。小泉純一郎元首相は、脱原発を旗印にした野党再編のキーマンになろうとしているが、旧来の左翼陣営のような観念的な脱原発にとどまっている限りは、それが国民の多くを動かすような動きにはならないだろう。
2018/07/23
日米原子力協定の自動延長は何を意味するのか?
 7月に日米原子力協定が自動延長された。これは、今後いつでも一方の国の勧告で協定を終了させることができる「サドンデス」期間に入ったことを意味する。協定が失効すれぱ、日本側では大きな混乱となる。一方、米国側が失うものはほとんどない。米国としては、エネルギー政策のみならず、対日外交上の大きなカードを得たことになる。
2018/06/18
新潟県知事選挙に見る選挙と原子力
 6月10日に行われた新潟県知事選で、与党系候補の花角英世氏が当選した。花角新知事は原発の是非について、米山隆一前知事の路線を継承するという。これまで、細川護熙元首相が出馬した東京都知事選などで、原発が争点となった。しかし、脱原発派が劇的な勝利を収めて政策の変更が行われたケースは少ない。国民は、観念的な政策よりも、現実に即した政策を求めているのである。
2018/05/14
第5次エネルギー基本計画に期待する
 第5次エネルギー基本計画の骨子案が総合資源エネルギー調査会で公表された。骨子案では、再生可能エネルギーについて、「ほかのエネルギー源の革新を誘発」するものだとする。一方、原子力については、「重要なベースロード電源」ではあるが、その依存度は可能な限り低減させるとしている。このような目標に対し私は「原子力か脱原発か」という2元論でなく、技術革新の可能性と不確実性を前提として、複線的なシナリオを用意しようとしている点で評価したい。
2018/04/02
森友学園問題とエネルギー政策
 森友学園問題が再燃している。当初安倍総理夫妻は、「保守ビジネス」の被害者ではないかと思っていた。しかし、経産省から出向している首相夫人付の関与や、財務省の決裁文書改ざんなどの問題が明らかになり、安倍政権の権力構造そのものの問題があぶり出されるようになった。第二次安倍政権は、経済産業省人脈がその屋台骨を支えている。しかし、森友問題をきっかけに、その運営に疑問が沸き起こり、安倍政権の行方も不透明なものになってきている。
2018/02/26
厳寒の電力不足で考えたこと
 東京電力が1月24日に節電を呼びかけた。22日から降り始めた大雪の影響によるもので、最近は夕方の暖房需要が綱渡りになっているようだ。太陽光発電の比率が高まったことによる構造的なも問題もあるという。FITの下で今後とも再生可能エネルギーの導入は増えていくだろう。規制の適切化、燃料調達環境の整備など、政策のきめ細かいミックスを図っていくことが急務だ。
2018/01/22
「エネルギー基本計画の見直しに必要な論点」 (福島伸享、1月22日)
 今年は、昨年から総合資源エネルギー調査会で始まったエネルギー基本計画見直しの議論が本格化する年だ。その中で原子力の位置づけは、脱原発を目指す政治勢力にとって最大の論点になる。例えば、脱原発派にとって原子力は、「原子力ムラの既得権益の確保」とみるだろう。一方、エネルギー政策を立案する立場からすれば、3E(安定供給、経済性、環境)の政策目標を達成するための帳尻合わせに一番便利なのが、原子力である。政府がエネルギー政策の帳尻を合わせに、今後も原子力に一定の役割を位置づけるのであれば、すべては絵に描いた餅になり、日本のエネルギー政策が抱える問題は解決しないだろう。