飯倉 穣 エコノミスト
1947年生まれ。経済地域研究所代表。東北大卒。日本開発銀行を経て、日本開発銀行設備投資研究所長、新都市熱供給兼新宿熱供給代表取締役社長、教育環境研究所代表取締役社長などを歴任。鹿児島市中心市街地活性化協議会会長、鹿児島商工会議所参与。著書に「石油危機から30年」「あえて言わせてもらえば」「電力」など。
海外企業買収(東芝問題)を考える (2017/04/17)

 多くの企業が、海外の投資・企業買収・工事受注で成功・失敗を繰り返している。職業柄記憶に残る案件も少なくない。会社は失敗を企業体力の中でやりくりする。故に余程でないと問題化しない。
 企業は海外の事業機会獲得で情報の非対称性に直面する。眼前に収益機会が見え、リスク情報は少なく見える。売り手は時間限定の判断を迫る。準備不足のまま機会損失回避の切迫感で意思決定となる。何とかなると。そこに罠が潜む。投資の世界の常である。時として売り手・仲介者の巧妙な偽計もある。
 日本経済は、1985年ごろ先進国入りした。多くの企業は業況を拡大し財務基盤(資金調達能力)充実に至る。一方国内の投資機会が低下した。海外に目を向ければ、収益機会も見え商談も持ち込まれる。そこに金融緩和・バブル時代があった。海外リスクを十分考慮せず、国内感覚で体力勝負の海外投資・買収に走った。死屍累々(ししるいるい)であった。
 その後もかなりの日本企業が失敗を繰り返してきた。その全容は詳(つまび)らかでない。失敗経験は語られず、情報基盤を形成せず、記録も時間的経過でお蔵入りとなる。国、業界はもちろん、一企業内でさえ情報の共有化が図られない。そもそも多くの経営者に整理・活用の発想が欠如している。金融機関といえども口伝の世界である。故に同じ失敗が繰り返される。今回の東芝のWH買収失敗問題もその延長にある。

 東芝の苦境は、外的環境と企業内事情が重なったようだ。まず電機業界が置かれた環境がある。バブル崩壊後のリストラ、国際生産体制の変化、競争力低下があった。加えて景気対策(エコポイント・地デジなど)依存で企業力が低下した。企業内事情も側聞する。縦割り、部門間力関係などである。協力やチェックが働かない。高学歴特有の拙陋(せつろう)もあろう。さらに2006年は金融緩和・サブプライムバブル経済で、経営者はマクロ的視点を持たず慎重さを欠いた。

 WH買収の判断は不適切で多数問題が指摘されている。核心はWHの債務保証である。その経緯が明らかでない。金融的に見ればありえない。保証を求められれば、当然何かおかしいと感じよう。どんな検討をしたのであろうか。

 この甘い判断の原因に、経営者、働く人の意識の問題がある。働きと無関係に給与支給される公務員と民間企業で働く人は違う。民間は、商品サービスの提供で代金という形で自分の稼ぎを得る。故に苦労も多い。企業が成熟していくとその原点を忘れがちである。   また経営者・働く人に「福祉の欺瞞(ぎまん)」が忍び込む。フリードマンの「小さな政府」主張の説得材料であった。自分と他人のお金の使い方と効用の関係である。自分の金を自分に使えば、節約し効用も最大を狙う。他人の金を他人のために使えばどうか。節約不明、効用不明となる。これが福祉予算で生じる問題である。日本でいえば厚生労働省・社会保険庁である。故に無責任で無駄な支出が多く損失発生もお構いなしとなる。
 今の企業人は、福祉の欺瞞に陥っていないか。過去バブル期の金融機関がその代表だった。東芝の損失の大きさを考えると、まるで経営者などは他人の金を他人に使っている。経営者・働く人の基本は、会社の金を自分の金と思うことである。
 さらに金融の視点が欠如することが多い。金融機関とりわけ銀行は、その業態から好かれることはない。その嫌われる金融機関に意見を求めることも時として必要である。シャープの経営者同様驕りに加え経験不足か金融機関嫌いだったかもしれない。

 企業の海外投資・企業買収の不成功の理由は、第一に用意周到さの欠如、とりわけ情報基盤不全である。第二に経営者の勉強・経験がある。第三に社内外のチェック機関の不存在である。第四により重要なことは金融緩和の行き過ぎである。金融緩和は過剰な投資を招く。容易な資金調達が投資を狂わせる。
現在金融緩和で多くの企業が海外企業の買収に熱を上げているが、第二の東芝にならないことを祈念するのみである。そしてグローバル化に対応した失敗事例の情報基盤整備が求められる。
記事一覧
2017/04/17
海外企業買収(東芝問題)を考える
 東芝によるWH買収の判断で、多数問題が指摘されている。核心はWHの債務保証だろう。保証を求められれば、当然何かおかしいと本来は感じるはずだ。この甘い判断の原因には、経営者、働く人の意識の問題があるのではないか。民間は、商品サービスの提供で代金という形で自分の稼ぎを得る。故に苦労も多い。しかし、企業が成熟していくとその原点を忘れがちになる。自分の金を自分に使えば、節約して効用の最大を狙う。しかし、他人の金を他人のために使えばどうか。節約不明、効用不明となる。つまり「福祉の欺瞞(ぎまん)」が経営者や働く人に忍び込むのである。
2017/03/13
働き方改革の淵源を考える
 安倍内閣が2016年に示した「ニッポン一億総活躍プラン」では、「高齢者雇用の促進」、「非正規雇用労働者の待遇改善」、「最低賃金引上げ」などを掲げている。しかし、この改革は、労働者に一定の光明を与えるとしても、雇用の根本である企業の発展にどの程度貢献するか不明である。必要なのは、働きを通じて物真似を超え新しいものを創造する人材の醸成ではないか。
2017/02/06
トランプノミクスの雇用第一を考える
 安倍晋三首相が1月20日に行った施政方針演説とトランプ政権の方針を比較してみた。「偉大な国」と「輝く日本」、雇用確保、成長志向。目標はおおむね一緒である。しかし、貿易は二国間FTAか多国間かで若干ニュアンスが違う。最近の思潮である「新自由主義」は市場重視・競争で多くの企業・雇用を不安定にして、それをバネに企業・労働者の活力を高め経済活性化を狙って来た。トランプ政権の雇用第一は、米国の新自由主義の流れを変えるであろうか。
2017/01/05
2017年度政府予算案を考える
 昨年12月、政府は17年度政府予算案を閣議決定した。歳出は97.5兆円で今年度当初予算比0.76%増である。報道によれば特会からの繰入でその他収入を積み上げている。かつ税収の前提が、来年度経済成長率が実質1.5%名目2.5%と高め設定である。これらを考えれば、歳入見積もりを額面通りに受け取れない。財政の基本的考え方は、財政支出のうち経常支出を税収で賄うことである。これは経済の原理、財政の基本原理である。
2016/11/28
トランプ新大統領の経済政策の行方を考える
 現在の米国経済は、リーマンショックからの回復過程がほぼ終了した段階に差しかかっている。今後の景気は、ピーク越えか景気下降局面のどちらかになるだろう。トランプ氏の政策は、雇用確保で移民抑制、輸入抑制、減税、インフラ投資拡大、金融緩和に動くと推察される。しかし、このような財政金融頼りの経済膨張政策は適当なのだろうか。かつてのレガーノミクス(大減税・規制緩和・金融引き締め)やジョージ・W・ブッシュ経済政策(減税・イラク戦争・金融緩和)の再来にみえてしまう。
2016/10/24
お呪(まじな)い的金融政策を考える
 過去3年間の金融政策をみると、為替安、金利低下、株式などの資産価格の上昇をもたらしたが、経済全体で捉えると、生産面は微増から停滞、民間企業設備投資は微増から横ばい、住宅投資はやや増加、輸出は微増だった。この間の実質GDPの伸びは平均0.6%だったが、これは補正予算を含めた財政支出の効果が大きい。つまり、金融政策の経済全体への波及効果はわずかしかなかったことになる。
2016/09/20
消費拡大・景気浮揚・経済成長を考える
 消費拡大、景気浮揚、成長実現とはどのようなことを言うのか。減税などにより短期的に消費拡大で景気浮揚は可能である。しかし長期的には継続が困難である。これは消費が所得に依存するためである。つまり消費は、所得の結果といえる。貯蓄の取り崩しや借金で消費を行うことはできるが、一時的で限度がある。自分の所得以上の消費は長期的に継続できない。故に消費で成長実現は困難である。
2016/08/08
アベノミクスふかし大規模経済対策を考える
 参院選後安倍晋三首相は、28兆超の経済対策を打ち出した。今回の経済対策は、大規模な財政出動で景気の下支えを本格化する狙いがある。ひとつは、当面の需要不足を埋め、回復すれば、財政支援なしで成長軌道にのせる所得ターゲット政策であり、もうひとつは、技術開発ベースの民間投資である。それゆえ、一定期間の経済引き上げ効果(膨張)が期待でき、成長が続けば「呼び水」効果となるだろう。一方、低成長にとどまるなら、「乗数」効果に帰結せざるを得ない。
2016/07/04
消費増税再々延期発言を考える――政策転換は引き際が大切――
 安倍晋三首相が示した新しい判断「消費増税の2年半延期」について大方の国民は、「財政不安は残るが、増税延期に一安心といったところだろう。ただ問題もいくつかある。1つめは、政治的な空言だ。財政運営は政治家の影響があるため、通常は政策の変更は行わないものである。2つめは、安倍首相や政府の経済の捉え方だ。現状はバブル崩壊の前兆か通常の景気後退局面のはずだ。成長が見込めない下でアベノミクスを最大限にふかすのは、バブルを再現になりかねない。
2016/05/30
日本の通貨体制を考える
米国を中心に為替相場は、市場が決める、市場任せにすべきだという主張がある。一方変動相場制では、通貨政策は国内問題である。国内通貨政策の結果、物価変動などで相場が変動することは受容される。他方、行き過ぎには国際的あるいは一国の関与がしばしば認められる。各局面で対応の考えが異なる。根底には過去の経験から通貨安競争は望ましくないという基本理念がある。
2016/04/18
サミット経済宣言の陥穽を思議する
 3月に行った日米首脳会談でオバマ米国大統領は、5月に開かれるG7伊勢志摩サミットを見越し、安倍首相の主導力に期待すると述べた。そんな中、日銀の3月短観が2年9カ月ぶりの景況感悪化を伝えた。日本経済の景気は漂流しているのである。政府は3月に過去最高額となる96.7兆円の予算を成立したが、その後も前倒し執行や「商品券配布」など財政出動を検討していると聞く。財政金融政策で経済水準を押し上げた分、すでに資産価格バブルや設備過剰が起こっている可能性がある。ただ、それでも金融機関の健全性が維持されれば、予想景気の範囲内に収まる。その場合政府は静観したほうが良いといわれている。各国経済は、その国の責任で運営することが基本である。
2016/03/14
日本経済の健全性を考える
 2月19日、野田佳彦前首相と安倍晋三現首相の国会質疑があり、経済認識と政策に係る見解を相互に披露した。その時の両者の認識は、共に成長力を高める工夫が必要ということだった。近頃の政治家は、経済成長を過度に重視し、経済変動(景気変動)や経済のパフォーマンス(経済の健全性)を軽視する傾向にあるのではないか。経済成長は技術革新をベースとした民間設備投資が前提にあるので、短期・中期的な施策で結果を期待してはいけない。
2016/02/08
財政規律を考える
 2016年度予算の国会審議が始まった。政府は、赤字国債を5年間自動発行延長出来る特例公債法案を今国会に提出するという。現在の財政状況下でこのような政策・法律の提案は妥当なのであろうか。消費税率引上で国民負担を求めることに加え高水準の国債依存継続という状況を斟酌すると、歳出拡大は不適切だ。長期にわたる公債依存度も、緊急対策、不況対策の位置づけを越えており、日本の財政運営に不健全性・違和感を覚える。先進国では見られない常軌を逸した財政運営が継続している。
2015/12/21
敗戦後70年を考える「経済成長~現実直視こそ肝要~」
 安倍晋三首相は、9月に行った演説で「2020年に名目GDP600兆円」を目指す目標を掲げた。果たして可能なのか。現在民間企業は約70兆円の設備投資を実施しているが、GDPの増加は見られない。独立投資というより維持補修・更新・合理化などの投資が中心で現状生産を維持するのに精一杯なのだろう。にもかかわらず政府は、10兆円の設備投資実施を経済団体に要請している。民間企業の自主的決定なら喜ばしいが、政府との取引で行うなら単なる投資の前倒しか過大投資でしかない。
2015/11/09
敗戦後70年を考える「当世風経済方針づくりと敗戦後経済計画懐古」
 戦後の日本では、「経済復興5カ年計画案」(1948年)など早くから長期の経済計画が政府で検討されていた。その後は、池田勇人内閣の「国民所得倍増計画」(60年)などを経て、小渕恵三内閣の「経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針」(99年)まで14回にわたり改正されている。指示的計画(Indicative Planning)と呼ばれるこれらの経済計画は、価格メカニズムの市場を尊重するところに特長を持ち、政治家の思いつきが検証される機会にもなった。一方、小泉純一郎内閣の「骨太の方針」(2001年)や鳩山由紀夫内閣の「新成長戦略」(09年)では、経済方針を前面に打ち出したものの、その作成過程における議論の根拠や裏づけが、示されなかった。「3本の矢」と呼ばれた安倍晋三内閣の経済政策も2年が過ぎて、その転換が迫られている。今こそ「経済計画策定過程の重みと意義」を再評価すべきではないか。
2015/09/25
敗戦後70年を考える「経済運営再考」
 戦後日本の国内経済を振り返ると、バブル期以降30年間、安易な金融政策や意味不明の構造改革が継続し、経済成長が低下・停滞している。特に3本の矢と称されるアベノミクスは、金融緩和や財政拡大に加え、インバウンドや途上国のインフラ整備など海外需要の取り組みに活路を見出そうとしているが、継続性があるのかどうか疑問だ。戦後日本の経済成長は、「自国土で自国民が創意工夫により経済を築いてきた」と池田内閣時代に所得倍増計画を設計した下村治博士は述べていた。今必要なのは成長期待ではなく、均衡のとれた健全な経済の姿ではないか。
2015/08/10
敗戦後70年 「沖縄を考える」 
 戦後の日本は、日本国憲法を基本に据える一方、外交では、日米安保条約と日米地位協定を受け入れた。言い換えれば、日本は条約に基づき米軍に基地を提供し、また米軍人に特別な法的地位を容認し、安全保障を託している。その状況の中、沖縄が基地問題で揺れている。沖縄の要求は明確だ。①米軍基地の整理・縮小、②基地負担の公平、③基地経済からの脱却・自立、④日米地位協定の改定などである。日本の安全保障、沖縄の歴史的経過とその負担から見て、日本国民・政府はどう考えいかにすべきだろうか。
2015/06/29
日本国憲法改正への挑戦
 1951年のサンフランシスコ講和条約締結後、日本国内では、保守系の自主憲法制定願望による「改正論」と、革新左派による「改正反対論」が対立してきた。しかし、最近になり新たな挑戦者が出現してきた。隣国の中国である。覇権・大国主義は、領土や領海の拡張を促すもので、ポツダム宣言を否定すると日本国民は始めている。どう対応すべきか。例えば、「中国に日本国憲法の趣旨を尊重してもらう」「時限修正条項を憲法に追加する」「同盟国である米国の外交・抑止力に依存する」などの選択肢がある。どれが正しいとはいいきれないところが悩ましい。
2015/05/18
敗戦後造られた日本の理念、平和主義だけでよいのか
 かつて米国の政治学者と国の理念について話したしたことがある。その時彼は米国の理念について、「地方自治・人権・社会貢献」と答えた。それに対し、日本の理念について「平和」だと答えようとしたら、その言葉のあいまいさに気付いたそこに暮らす人々の状況と関係なくどのような国家体制でも使用できるからだ。ある思想家は、戦後日本が作った理念を「平和主義」とした上で、「日本人は、欧米のように理念対理念の対決を好まないのではないか」と述べた。グローバル社会で行動するなら、日本は「平和主義」と言うばかりではいけないだろう。
2015/03/30
敗戦後70年を考える
 1995年、当時の村山富一首相が発表した「村山談話」に続き、安倍晋三首相は、ひとつの節目として、「安倍談話」を検討中だ。敗戦後日本の指導者は、連合国の記者から「軍需資源、国富の点で米英にかなわないにもかかわらず、進んで敵を知ろうとせず、こうすればこうなるという“科学的な頭”を持っていなかった」と指摘された。エネルギー問題はどうか。一部学者・マスコミも含めて無資源国であるにもかかわらず、供給先やコストを軽視し政策的に自由な選択可能という発想が目立つ。指導者を含めた日本人の「科学的精神」をもう一度見直さなければならない。