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矢島 正之 電力中央研究所研究アドバイザー |
1947年 生まれ 国際基督教大学大学院卒、電力中央研究所に入所。学習院大学経済学部特別客員教授、慶應義塾大学特別招聘教授などを歴任。専門は公益事業論、電気事業経営論。著書に、「電力自由化」「世界の電力ビッグバン」「電力改革」など。 |
脱原発の影響 (2011/09/12) | |
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7月6日に、菅直人前首相は、すべての原子力発電所を対象に、ストレステストを実施すると発表した。この発表は、すでに定期検査中の原子力発電所に対しては安全宣言を出していたので極めて唐突であり、重大な方針転換であった。一部には、菅首相が5月6日に、中部電力浜岡原子力発電所の全面停止要請をしたら支持率が上がったため、それに気をよくして再度原発稼動を阻止すべくストレステストに踏み切ったのではないか、との見方がある。原子力発電の忌避に傾いた世論に巧みに訴えたポピュリズムの手法を用いたというわけである。 しかし、この決定は、産業活動や雇用、電力の供給保障、温暖化問題などに大きな影響を与えることが予想される。このような重大な政治的決定を行う場合には、それなりの影響評価を踏まえるべきであるが、今回の決定は「思いつき」によるものといわれてもしかたがないであろう。 EUでは、欧州委員会が、福島第1原発事故後の3月15日、ストレステストを行うことを決めた。欧州の事業者団体であるEURELECTRICによれば、ストレステストの結果、1980年以前(30年以前)に運転開始した原子力発電が全てシャットダウンされれば、EU全体の原子力発電容量の14%に相当する1900万kWが失われる。ドイツではすでに福島第1原発事故直後、1980年以前に運転開始された原子力発電所は停止しており、7月の原子力法の改正で2022年までにすべての原子力発電所約2000万kWは廃止される。 このため、EUとりわけドイツで需給ギャップをどのように埋めていくかが問題になってくるだろう。ドイツでは近隣諸国から輸入を増やすことが考えられるが、現在の欧州の国際連系線は脆弱な部分が多く、大量の輸入は供給信頼性の問題が生じる。 また、EUでは、ストレステストの結果廃止される原子力の代わりに、実際には、再生可能エネルギーよりもガス火力が建設されるだろうと考えられる。再生可能エネルギーを大量導入するためには系統運用上の問題に加え、送電線の増強も必要となるが、利害関係の複雑さや煩雑な許認可プロセスのため、送電増強は遅々として進まないからである。このため、EUの主要15カ国のガス輸入比率は、66%から2015年には71%まで高まっていくとの見方がある。 そして、ドイツの原子力発電が全廃される2022年には、その比率はさらに高まっていくだろう。このことは、エネルギー・セキュリティ上重大な問題を引き起こすほか、ガス火力の比率が増大を通じて、当然温暖化防止にも影響が出てくるだろう。 わが国でも、脱原子力の議論に際しては、そのエネルギー・セキュリティや地球環境への影響を十分考慮する必要がある。 |
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